「部落解放理論の実践的理解」を読んで
江戸幕府が定めた階級制度は、今日の労働環境にも影響を与えている。明治以降の部落の人々の就職率は低く、仕事についても日雇いが大半であり主要な生産関係から除外され、就職の機会均等の権利が保障されていなかった。つまり、日々の生活に困窮する停滞的過剰人口が多数存在していたということだ。
ここで問題なのは、働く意思があり優秀であっても正当に評価されず、働く機会を奪われるという点だ。能力ではなく身分で人を選んでいるため、どれだけ仕事が出来なくても生まれが良ければ優遇される。このように理不尽に思える待遇が民主主義社会である現在の日本でも見られる。
二世社長や二世議員がその筆頭である。私は、これでは全く民主社会ではないと考える。しかし、この現状に気付き声をあげる人が増えなければ社会が変わることはなく、権力者が好き放題に振り舞い続けることは目に見えている。
また、こうした理不尽が変わらない要因として自分より下の人間がまだいるという安心感があることも考えられる。これは、エタ・非人という身分があった江戸時代から、人々の意識が何も変わっていないことの象徴であると考える。
日本は「封建主義を生産関係の中に意図的に組み込んで発展してきた資本主義である」という指摘はその通りであると考える。
例えば、親が子供に対して絶対的な存在であることや、雇用関係における圧倒的に不利な労働者の存在が挙げられる。労働者は少ない給料で長時間労働や残業を強いられる。その中でも一番下の立場の者は、いつでも犠牲と隣り合わせである。
このような労働者を搾取する社会の仕組みが廃れないのも、自分より下がいるからまだ大丈夫だ、という考えに他ならないと考える。自分より下の人間が這い上がろうとすると、それを阻止しようとする人間も存在する。そのような醜い足の引っ張り合いが存在する限り、貧しい労働者は減らないだろう。
(課題レポート)
2021年2月奨学生の集い・学習会がコロナ感染拡大予防のため中止となりました。
『部落解放理論の実践的理解 第3章 部落差別の社会的存在意義』の読後のレポート提出が課題となりました。
大学 バイオサイエンス学部 4年生 Z.S.さん