奨学生の近況1|2025年度 後期

法科大学院受験と人権問題

 

先日、志望していた法科大学院の入試を終えた。出願準備から始まり、試験対策と、多岐にわたる学習に集中した数ヶ月間だった。現在は結果を待っている段階ですが、持てる力のすべてを出し切ったという点では悔いはない。特に、自身の得意科目については、学部の学びを活かし、深い理解をもって臨めたと思う。合格発表を待ちながら、引き続き学習に励み、春からの新たな環境で法曹としての土台を築けるよう準備を進めていきたい。

入試に向けた学習を進める中で、現代日本社会が直面する国籍・民族に関する差別の問題に強い関心を抱くようになった。近年、日本の経済や社会はグローバル化が進み、外国人労働者や外国にルーツを持つ人々の存在感が増している。これにより、国籍や移民政策に関する国民の関心はかつてなく高まっている。しかし、その関心の高まりと同時に、不確実な情報や誤解から、特定の国籍の人々や民族に対する偏見や差別的な感情が生じ、社会に拡大している現状があるように思う。この負の側面が顕著に表れるのが、ヘイトスピーチの問題だ。特定の属性を持つ人々に対する差別や憎悪を煽る表現は、その攻撃の対象者たるマイノリティの人々の人格と尊厳を深く傷つけ、社会からの排除を助長する。

私は法律の学習を進める中で、こうしたヘイトスピーチの問題について深く考えるようになった。ヘイトスピーチは「表現の自由として憲法上保障される」との意見もあるが、特定の属性を持つ人々の人権を侵害する行為である。表現の自由は、民主主義社会に不可欠だが、他者の基本的人権を侵害し、差別を助長するような言論は、他の権利利益との調整を慎重にはかるべきだ。

特に在日コリアンの方々をはじめとする、長年にわたり日本社会の一員として暮らしてきた外国籍・外国ルーツの人々に対するヘイトスピーチは、その人々の社会的な安全と生活基盤を脅かし、自由な社会参加を妨げる。これは、単なる個人の感情的な意見の表明ではなく、歴史的・構造的な差別の上に成り立つ、許容しがたい行為である。

表現の自由には、ある表現に対する批判や反論によって表現の質を改善していくことができるという対抗言論の理論・性質が存在する。しかし、ヘイトスピーチの対象となる人々は歴史的に見ても抑圧されてきた人々が多く、有効な批判・反論を期待にくいこともしばしばあるため、上記理論がなかなか機能しにくいということを学んだ。私は法曹として、そのような抑圧されている少数者の人権を擁護したい。

また、憲法14条が保障する平等には、国籍を理由とする不当な差別を受けない権利が含まれるが、現実には、外国人であることを理由とした公的な差別や、社会生活における排除が看過されがちだ。このような問題にも将来的に積極的に、深く考えていきたい。私がこれらの問題について興味をもって考えることができたのは、「部落問題」という日本の歴史と社会に根深く残る差別構造を学んだ経験があるからだと思う。部落差別も、出身という当事者が選択できない属性を理由に、偏見と差別的固定観念が広がり、人々の尊厳と機会が奪われるという構造を持っている。

国籍や民族をめぐる現代の差別構造と、歴史的な部落差別は、「特定の属性を持つ人々を社会から排除しようとする」という点で、共通の差別の本質を内包しているように思う。この理解こそが、法曹を目指す私にとって、どのような差別の問題にも当事者の視点に立って、真摯に向き合うための羅針盤となっているように思う。

法科大学院に進学し、法を学ぶことは、社会に残るさまざまな差別を是正するための一手段を修得することに他ならない。今後も、法曹となるべく、精一杯精進していきたい。

 

大学 法学部 4回生 Y.K.さん