第1回「朝田善之助賞」助成対象者

このたび、2023年創設の「朝田善之助賞」に係る助成金申請を募集したところ、応募期間の8月から11月末日までに、個人及び団体(グループ)から5件の交付申請書が提出されました。ご応募ありがとうございました。
先日、12月15日の理事会において「朝田善之助賞」の趣旨を踏まえ、慎重に審議した結果、助成対象者を以下のとおり決定しましたので、発表いたします。氏名、究テーマ、研究目的・概要を掲載します。(紙面の都合により一部省略しています。)


1.淀野 実さん

「崇仁・東九条 人権のまちづくり」

(前略)
本稿の目的は、崇仁及び東九条地区にスポットを当て、都市政策の観点から、同和対策としての崇仁のまちづくりと、東九条対策としての多文化共生のまちづくりを検証する。更に同和対策事業、住宅地区改良事業の総括を通して、同和対策事業の執行過程で生じた「負の遺産」の価値転換を図り、事業の遅れにより人口減少、少子高齢化が進んだ崇仁のまちを、人権、環境、平和を象徴する地域として再生させる道を見出すことにある。
そのため本稿では、同和対策事業が果たした役割、課題を明らかにするとともに、情報化社会の進展に伴い、現代的レイシズムと捉えられる同和問題の「いま」を踏まえた新たな解決法を模索していく。
また、本年10月の京都芸大の崇仁地区への移転は、同和地区のイメージをチェンジし、物理的・心理的垣根を取り払い、学生と地域とが芸術活動や地域の歴史を踏まえた交流を深めることで、芸術文化によるまちの再生、同和問題をはじめとする地域課題の解決を図っていくという画期的な手法であると考える。
とりわけ、筆者は「よそ者」との交流に着目する。芸大生やアーティスト等の「よそ者」が、両地区を自由に行き交い、住み、芸術活動や地域活動などを通じ、交流を深めていくことで、最もナチュラルに相互理解が深まり、好意感情を高め、両者の関係に変化をもたらし、共に差別を乗り越えていくことにつながると考える。
「よそ者」との交流を通じて、崇仁と東九条の「両側から超える」人権のまちづくりが進み、同和問題の解決はもとより、更に全ての違いを認め合う「他文化共生」社会の実現につながることを期待する。


2.井上 新二さん

子ども達の学びを支え、
誰一人置き去りにしない「教育実践」を求めて
―同和教育の成果に学んで―

同和教育の中では,授業の在り方が常に議論されてきた。被差別の立場にある児童をはじめ,すべての子ども達の教育を保障するためである。同和教育の中で,教育の機会均等の権利を保障するために「授業」の在り方について様々な角度から検討され,学力格差を克服するための数多くの実践がなされてきている。筆者自身もかつて被差別部落を含む学校で,被差別の立場にある子ども達をはじめ,すべての子ども達の「低学力」を克服し教育保障を求めて実践を進めていた。
そのような取り組みが被差別部落を含む学校だけではなく,他の多くの学校でも「一人ひとりを大切にする」教育実践として波及していくことを願っている。筆者は,ある授業実践交流会で若年教員と授業の在り方について具体的な実践を基に交流を進め,求められる授業を模索してきた。また、退職後,教職課程の講義の中で,求められている「授業力とは,何なのか」を学生と共に問い直してきた。
授業実践交流会に参加した若年教員は,授業に対して以下のような願いや思いを語っていた。
◇子どもたちが生き生きと授業に参加できるような授業をしたい。
◇子ども達が学ぶ喜びを実感できるような授業をしたい。
◇子どもたちと心を通い合わせるような授業がしたい。
◇自信を持って授業に臨めるように,深い教材研究をしたい。
◇一人ひとりのちがいを大切にし、子どもたちの学習意欲を高めながら「指導すべきこと」を「指導しきれる」ように,確かな指導力を持ちたい。
◇子ども達の学力を高めるような授業を実践したい。
◇「学級」を厂学習集団」に高められるような指導力を持ちたい。
(中略)
本研究では,同和教育の成果に学びながら,「誰一人置き去りにしない」という国際的に大切にされている理念を基に,教育現場の日々の取り組みの中から,子ども達の「学び」を支え,誰一人置き去りにしない「教育実践」の在り方にについて臨床的で実践的な提言をしたい。(略)


3.西播磨部落問題学習会 会長 藤原 四郎さん

部落解放運動の歴史と伝統を受け継いで
~「差別の命題と「三つの命題」に見る差別の捉え方の理論的発展~

西播磨部落問題学習会は、1976年12月12日に、朝田善之助部落6放同盟元中央執行委員長(以下「朝田委員長」と記す)の指導によって生まれました。以降、朝田委員長の直接の指導を受けられた方々に講師に来ていただき、毎月の学習会と学習会ニュースの発行(250号既刊)、そして部落問題講演会を実施してきました。学習会は、現在550回を数えています。学習内容は、創始当時の目的である、「部落解放運動の歴史と伝統に学び、部落問題を社会科学の観点に立って、具体的に明らかにする」を基本に朝田委員長が提起された、「差別の命題」と「三つの命題」、それらが具現化されている部落解放運動史上の文献や資料をもとに、差別の捉え方の発展と理論的発展について学習しています。時に、部落問題に関わるテーマを取り上げ、市民啓発向けに講演会を実施してきました。
これらの学習経過を通して、朝田委員長が提起された「差別の命題」と「三つの命題」をもとに、部落解放運動における理論的発展、とりわけ「差別の捉え方」について整理、研究していきたいと思います。(略)


4.小山和夫さん

「答申」「特別措置法」はどうしてとれたか

創立100年を超えた部落解放運動を振り返る時、1965 (昭和40)年の「同和対策審議会答申」獲得、1969 (昭和44)年の「同和対策事業特別措置法制定は、部落解放運動史上特筆すべき、画期的な意義をもっている。それは、「答申」が、部落差別とは市民的権利、自由の侵害にほかならず、職業選択の自由、教育の機会均等を保障される権利、居住及び移転の自由などが完全に保障されていないことが差別である。そのうち、就職の機会均等が完全に保障されていないことが特に重大である、と差別の本質についての概念を受け入れ、部落差別に対する国の責任を明らかにし、そして「法の制定が、中央政府と各自治体に部落問題解決の事業を実施、推進させることを義務付けたことにある。
朝田善之助氏は、「『法』の制定は。部落の完全解放への行政闘争の一里塚であり。部落民の名誉ある闘いの勝利の一指標である。」と述べている。
そこで、オール・ロマンスの行政闘争から国策樹立請願運動まで、「答申」を経て「特別措置法」までの長い闘いで。部落解放運動が一つの法律の制定までこぎつけることができたのは、どうした力であったのか、さらに10年の時限立法の「法」が名称を変えながら、33年間事業が実施されたのはなぜなのか、今、この闘争をまとめ、概括し、記録に残すことは意義あることだ、と考えた。
文献資料は、2つの「要望書」と朝田善之助著の「差別と鬪いつづけて」を中心に、100回を超える朝田学校の学習会記録を参考に、60年間部落解放運動の先頭で闘ってこられた朝田善之助氏の行動と発言を中心に、まとめたいと思う。


5.筒井 紘平

被差別部落における中間的組織の取り組みの
今後のあり方についての考察

―養正市営住宅を含むかもがわデルタフェスティバル実行委員会での取り組みによる実践を通して―
都市型の被差別部落における中間組織の今後のあり方を考察することにより、行政依存ではなく地域住民が主体的にまちづくりを行える中間的組織がどのような取り組みをおこなえるのかを明らかにするのが本研究の目的である。京都市内の被差別部落では、市営住宅の建て替えが4地区6団地で進んでいるが従来の運動団体だけのまちづくりから学区周辺との協働によりまちづくりを進めている地域がある。養正市営住宅では、かもがわデルタフェスティバル実行委員会という組織により2022年3月より10回にわたり「未来のまちづくリミーティング」が開催され、学区住民など広く関心のある市民が参加して2023年6月に京都市に意見書が提出された。(中略)
私は、かもがわデルタフェスティバル実行委員会に学区住民としている。参加している中でまちづくりの取り組みのあり方が問われている。当実行委員会の会長には養正学区各種連絡協議会の会長がなり、構成団体に運動団体(中略)が含まれている。団地建替についての行政との窓口機能は、当実行委員会であるが運動団体がそれぞれ地域活動や社会運動を地域で実施している。しかし建て替え後のまちづくりを進める際に、まちづくりの担い手づくりが課題になっている。京都市による「養正市営住宅団地再生計画(住棟建替え方針)」によると「養正市営住宅は、周辺地域と比較し、高齢化と人口減少が進んでいる」との実態が示されている。
いきいき市民活動センターの指定管理者に地元の地縁団体がなっていない被差別部落で、指定管理者や住民が有志となり、新たな中間的な組織が作れるかを検討し、そのプロセスのなかに関りながらまちづくりの担い手不足に対応していける過程を明らかにする研究を行っていく。


なお、助成対象者は2024年11月末までに研究成果をまとめ、研究報告書を提出していただきます。提出していただいた研究報告書を「朝田善之助賞」を2025年3月に決定し、発表いたします。「朝田善之助賞」受賞者は、2025年7月開催予定の研究報告会にて表彰いたします。