奨学生の近況2|2026年度 前期

差別を生む背景、構造に目を向け

 
4月に入り、教職大学院2年目が始まりました。学校教育をよりよくしたいという思いをもつ仲間と共に、新しい知識を学ぶ日々はとても充実しており、このような恵まれた環境で学ぶ機会をいただいていることに改めて深く感謝しています。今年度は大学院生活の最終年度でもあるため、一つ一つの講義や実習、仲間との対話を大切にしながら、自分自身の教育実践をより深めていきたいと考えています。
最近の講義で、共生社会の実現に向けて「差別」について改めて学ぶ機会がありました。その中で特に印象に残ったのは、心理学の分野では差別を、①直接的差別、②制度的差別、③文化的差別の三つの形態から捉えるという視点です。
上智大学外国語学部教授の出口真紀子先生は、「マジョリティ側が陥りやすい『多様性』の罠」(『国際人権ひろば』No.160、2021年11月発行号)の中で、制度的差別と文化的差別について述べています。制度的差別とは、法律、教育、政治、メディア、医療制度、企業などの制度の中で行われる差別であり、個人に悪意がなく、中立的に判断しているつもりであっても、結果的にある集団を不利にしてしまうものです。また、文化的差別とは、社会で広く共有されているステレオタイプや固定観念、社会規範などによって生じる差別であり、「郷に入っては郷に従え」「人間はみな努力すれば成功する」「差別について語ること自体がタブー」といった、明文化されていない規範も含まれるとされています。これらは空気のように掴みどころがなく、人々の中に深く浸透しているため、根強く変えにくい差別であると述べられています。
学校では直接的差別については扱われる一方で、制度的差別や文化的差別については十分に取り上げられてこなかったのではないかと気付きました。もちろん、目の前で起こる差別的な言動に対して指導することは大切です。しかし、それだけでは、差別を生み出す構造そのものに目を向けることはできません。たとえば、学校のルールや指導のあり方、教材の内容、教室の雰囲気、教師の何気ない言葉の中にも、特定の子どもにとって不利に働くものが含まれている可能性があります。
特別支援教育に関わってきた自分自身の実践を振り返っても、みんなと同じようにできることを前提にしすぎていなかったか、子どもの困難を本人の努力不足として捉えてしまっていなかったかと考えさせられました。
また、差別について考える上で重要だと感じたのは、自分自身も場面によってマイノリティにもマジョリティにもなり得るということです。ある場面では困難を感じる側であっても、別の場面では無意識のうちに多数派の立場に立ち、誰かの困り感に気付かないことがあります。だからこそ、差別を「一部の人がする悪い行為」として捉えるのではなく、社会や学校の構造の中でどのように生じるのかを理解することが大切だと感じました。
私は教育に携わる者として、子どもたちに「差別はいけない」と教えるだけでなく、差別が生まれる背景や構造に目を向けられる教師でありたいと改めて思いました。そして全ての人が暮らしやすく、取り残されることのない共生社会を作るため、子ども一人一人が安心して学び、自分らしく過ごすことのできる学校づくりに貢献できるよう、大学院での学びを更に充実させていきたいと思います。

 

大学院 連合教職実践 2回生 O.S.さん